はじめに
断熱性能をめぐる素朴な疑問
断熱性の重要性については言うまでもありません。しかし、実際に家づくりを考えると、こんな疑問が浮かびませんか:
性能に関する根本的な疑問
- 「結局のところ、断熱性能ってどの程度あればいいのか?」
- 「断熱等級を1つ上げると、実際どのくらい違いが出るのか?」
- 「性能向上のコストに見合う効果は本当にあるのか?」
私もその一人です。しかし、UA値の数字を見ても、実のところ全く実感が湧きません。そうなると、もうゲームのスコアと同じ。スコアが良い方がいいに決まっている、と数字を追求する悪癖にとらわれそうになります。
夏と冬、どちらを重視すべきか?
断熱性の基準は、伝統的に「冬の寒さを防ぐこと」を前提に設計されています。実際、HEAT20やZEH基準を見ても、寒冷地ほど厳しい断熱性能が求められています。
しかし、最近の酷暑を経験すると、違和感が生まれます:
- 「断熱性が低い家は、夏がとても暑くなるのでは?」
- 「むしろ夏に断熱性がどう機能するか、どの程度必要か、ということも重要なのでは?」
- 「2023年、2024年の記録的猛暑を考えると、冷房対策こそ優先すべきでは?」
体感的には「夏の方が深刻」と感じる方も多いのではないでしょうか。
温暖化で変わる暖房需要
一方で、こんな疑問も浮かびます:
- 「本当に温暖化しているとすれば、冬の暖房負荷は昔に比べて減っているのでは?」
- 「1990年代の基準で設計された断熱性能は、2025年の気候に対して過剰なのでは?」
- 「求められる断熱性について、なんらかの見直しが必要なのでは?」
「冬は暖かくなり、夏は猛暑化している」—これは多くの人が肌で感じていることです。だとすれば、30年前の気候データに基づく基準は、現在の気候に合っているのでしょうか?
数値で答える必要性
これらの疑問に、感覚ではなく客観的なデータで答える—それがこの記事の目的です。
今回は、こうした疑問を解決すべく、断熱性に関して私が調べたこと、考えたことをまとめてみなさんと共有したいと思います。
断熱性のおさらい
ご存じの方も多いと思いますが、この記事だけを読まれている方のために、改めて断熱性の基本的な特徴をご紹介します。
断熱性能とエネルギー負荷の関係
断熱性とは、家の冷暖房負荷を決めるいくつかの要因の一つです。具体的には、家の外皮(天井、床、壁、窓など)を通じて熱が外に逃げたり、外から入ってきたりするのを防ぐ性能を指します。
ただし、断熱性だけで冷暖房負荷が決まるわけではありません。空気の出入り(換気・漏気)や日射の影響は、断熱性能(UA値)では考慮されていません。
断熱性に関連する家の冷暖房負荷は、次のような関係で決まります:
冷暖房負荷 ∝ 断熱性能(UA値) × 家の表面積 × 内外の温度差
この式から分かるように、断熱性能と表面積が同じであれば、あとは家の内外の温度差で冷暖房負荷が決まります。
内外の温度差
上の関係式から、断熱性能と表面積が同じであれば、あとは家の内外の温度差で冷暖房負荷が決まります。
この内外の温度差を、地域ごとに表すための強力なツールが、HDD(暖房度日)とCDD(冷房度日)という指標です。
家の外の温度は、気象条件で決まります。地域によってこれが大きく違うので、補正するために地域区分を設けて要求される断熱性能の数字を変えているわけですね。
一方で、家の中の温度は、冷暖房シーズンに家の中を何度に保とうとするかで決まるので、家ごとに違います。温度設定だけでなく、局所冷暖房か全館空調か、といった違いも影響するため戸別に違います。このため、HDD、CDDを計算する際には、基準温度として一定の数字を使うことで標準化されています。
家の形は断熱性能と同じぐらい効く!
少し脱線しますが、家の形が同じであれば、家の表面積は家の床面積に比例します。従って、上の関係式によれば、UA値が0.4で40坪の家と、UA値が0.5で30坪の家を較べると、UA値が0.4の家の方がエネルギー損失が大きく(冬に寒く)なります。
更に、家の床面積と天井の高さが同じでも家の形が異なれば、表面積は変わってきます。最も表面積が小さいのは、敷地が正方形をしており総二階の家。表面積が大きくなるのは、敷地が細長い長方形、L字型、T字型などいびつな形をしている場合や、平屋の場合は表面積が大きくなるので、やはりエネルギー損失が大きくなります。特に平屋と総二階の差は大きく、25%ぐらいの差(UA値で補おうとすると、0.45と0.60ぐらいの差!!)がでることもあります。
外被を通じた熱の出入りを抑えることが目標であるならば、壁・床・窓・天井の材質・構造(UA値)と同程度以上に、家の形にも配慮をすべき、ということですね。
ちなみにうさぎラクダハウスは、細長い長方形を含むT字型をしている点はかなり不利なのですが、ほぼ総二階で少し救われています。
HDD/CDDで分かること
この指標を使えば:
1. 冬と夏、どちらの対策が重要か?
- 東京と札幌で、暖房需要と冷房需要の比率はどうなっているのか?
- 気候変動で、そのバランスは変化しているのか?
2. 気候は本当に変わったのか?
- 1990年代と比べて、冬の暖房需要はどのくらい減ったのか?
- 夏の冷房需要は、どのくらい増えたのか?
- その変化は、断熱基準の見直しを必要とするほど大きいのか?
3. 断熱性能向上の効果はどこに現れるのか?
- UA値(断熱性能)を改善すると、冬と夏でどちらの削減効果が大きいのか?
- 断熱等級を上げる投資は、どこで回収されるのか?
この記事(前編)で分かること
1. HDD/CDDの基本
- 用語の定義と計算方法
- 基準温度の考え方(なぜHDD18℃、CDD24℃なのか?)
- 日本における標準設定
2. 気候データの客観的分析
- 東京・札幌の30年間の変化を定量化
- HEAT20の1995年基準値 vs 2020-2024年の実測データ
- 重要な発見:冬は暖かく、夏は猛暑化している
- しかし:依然として暖房需要が圧倒的(東京で4.6倍)
この記事全体の核心的メッセージ(予告)
後編では、HDD/CDDから冷暖房負荷を実際に計算して、冒頭の疑問に明確に答えます:
「夏と冬、どちらを重視すべきか?」 → 外皮を通じた熱移動は、暖房期が圧倒的に大きい(東京で4.6倍、札幌で54.8倍)
「温暖化で断熱性の重要性は変わったか?」 → 冬は暖かくなったが、それでも暖房需要は冷房の4.6倍。構造は変わっていない
「断熱性能向上の効果はどこに現れるのか?」 → UA値(断熱性能)の改善効果は、主に暖房費削減として現れる
それでは、まずHDD・CDDとは何かから見ていきましょう。
HDD, CDDとは
用語の定義
HDD(Heating Degree Days:暖房度日) - 外気温が基準温度より低い分を積算した値 - 「どれだけ暖房が必要だったか」を示す指標 - 単位:℃·日(度日)
CDD(Cooling Degree Days:冷房度日) - 外気温が基準温度より高い分を積算した値 - 「どれだけ冷房が必要だったか」を示す指標 - 単位:℃·日(度日)
この2つの指標は、気候の「厳しさ」を数値化するものです。数字が大きいほど、暖房・冷房がたくさん必要だった、ということを意味します。
基準温度の考え方
HDD/CDDを理解する上で重要なのが「基準温度」です。日本ではHDD18℃、CDD24℃が標準として使われていますが、なぜこの温度なのでしょうか?
なぜHDD18℃なのか?
想像してみてください。外気温が18℃のとき、家の中の暖房を切っても、意外と寒くないですよね。
これは、無暖房でも、内部発熱(人・家電・照明)と日射取得により、外気温より室温は高くなるからです。
一般的な住宅では: - 外気温18℃のとき → 内部発熱と日射で室温約20℃を維持できる - つまり外気温18℃以下になると暖房が必要という設定
なぜCDD24℃なのか?
同様に、外気温が24℃のとき、冷房なしでも比較的快適に過ごせます。
しかし、24℃を超えると: - 内部発熱と外皮からの熱侵入で室温が上昇 - 快適な室温(26℃程度)を保つために冷房が必要 - 外気温24℃以上で冷房が必要という設定
重要な注意点
これらの基準温度は、建物性能や生活スタイルで変動します。例えば: - 断熱性能が低い家:外気温がもっと高くても暖房が必要 - 内部発熱が多い家:基準温度がずれる
しかし、日本では比較の基準として標準化されています。同じ基準を使うことで、地域間や年次間の比較が可能になります。
計算方法の基本式
HDD/CDDの計算は、とてもシンプルです。
日次のDegree Day
1日ごとに、基準温度との差を計算します:
HDD18 (1日分) = max(0, 18℃ - 日平均気温) CDD24 (1日分) = max(0, 日平均気温 - 24℃)
max(0, ...) は「マイナスになったらゼロにする」という意味です。
年間のDegree Day
1年分を合計します:
年間HDD18 = Σ (各日のHDD18) 年間CDD24 = Σ (各日のCDD24)
簡単な計算例
東京の1月のある3日間の気温データで、HDD18を計算してみましょう:
| 日付 | 日平均気温 | 18℃との差 | HDD18 |
|---|---|---|---|
| 1月1日 | 8℃ | 18 - 8 = 10℃ | 10 |
| 1月2日 | 12℃ | 18 - 12 = 6℃ | 6 |
| 1月3日 | 20℃ | 18 - 20 = -2℃ → 0 | 0 |
| 合計 | 16度日 |
1月3日の解説:外気温が基準温度より高いので、HDD = 0(暖房不要)
この3日間のHDD18は16度日となります。これは「基準温度18℃を維持するために、3日間で合計16℃分の暖房が必要だった」ことを意味します。
HDD/CDDの比較表
| 項目 | HDD(暖房度日) | CDD(冷房度日) |
|---|---|---|
| 英語名 | Heating Degree Days | Cooling Degree Days |
| 基準温度(日本) | 18℃ | 24℃ |
| 意味 | 外気温が基準温度より低い分の積算 | 外気温が基準温度より高い分の積算 |
| 用途 | 暖房需要の評価 | 冷房需要の評価 |
| 単位 | ℃·日(度日) | ℃·日(度日) |
| 計算例 | 外気温8℃の日:18-8=10度日 | 外気温28℃の日:28-24=4度日 |
東京のHDD, CDD
ここからは、実際のデータを見ていきます。HDD/CDDを使って、東京の気候がどう変化しているのかを分析します。
HEAT20が仮定している数字(1995年基準)
日本の住宅の断熱基準を検討する際、HEAT20という団体が「拡張アメダス1995版」に基づく標準年データを使用しています。
HEAT20とは: - 正式名称「2020年を見据えた住宅の高断熱化技術開発委員会」 - 研究者・住宅・建材メーカーなどで構成される民間団体 - 国の省エネ基準を超える高い断熱性能基準(G1、G2、G3グレード)を提案 - 現在の断熱等級6はG2、等級7はG3に相当 - 日本の住宅高断熱化をリードする存在
東京の代表値(HDD18-18、CDD24-24、日平均気温ベース): - HDD18 = 1,590℃日 - CDD24 = 154℃日 - 比率:暖房需要10.3倍>冷房需要
この数値が示すもの
1995年時点では: - 暖房需要が圧倒的に大きい(冷房の10.3倍) - 冷房需要は相対的に小さい - だから断熱基準は、寒冷地ほど厳しく設定されている
この「暖房需要が圧倒的」という構造が、日本の住宅設計の基本的な考え方になっています。
実際に計算した数字(2020-2024年実測)
では、約30年後の現在はどうでしょうか?気象庁のデータをもとに実際に計算してみました。
データソースと計算方法
- データ:気象庁「過去の気象データ」から日平均気温を取得
- 期間:2020年1月1日~2024年12月31日(5年間)
- 計算式:
- HDD18 = Σ max(0, 18 - 日平均気温)
- CDD24 = Σ max(0, 日平均気温 - 24)
年次データ(東京)
| 年 | HDD18 | 1995年比 | CDD24 | 1995年比 | 対象日数 |
|---|---|---|---|---|---|
| 2020 | 1,512.0 | −4.9% | 252.5 | +64.0% | 366 |
| 2021 | 1,414.2 | −11.1% | 202.0 | +31.2% | 365 |
| 2022 | 1,606.3 | +1.0% | 291.6 | +89.4% | 365 |
| 2023 | 1,325.6 | −16.6% | 417.1 | +170.8% | 365 |
| 2024 | 1,396.8 | −12.2% | 413.3 | +168.4% | 366 |
| 5年平均 | 1,451.0 | −8.7% | 315.3 | +104.5% | - |
注目ポイント:
1995年基準と過去5年間の平均を比較すると、
- 暖房需要(HDD):8.7%減少
- 冷房需要(CDD):104.5%増加(約2倍!)
となっています。
比較:札幌の年次データ
東京だけでなく、寒冷地の札幌も見てみましょう:
| 年 | HDD18 | 1995年比 | CDD24 | 1995年差 | 対象日数 |
|---|---|---|---|---|---|
| 2020 | 3,300.4 | −8.7% | 33.2 | +33.2 | 366 |
| 2021 | 3,250.7 | −10.0% | 72.4 | +72.4 | 365 |
| 2022 | 3,243.8 | −10.2% | 13.4 | +13.4 | 365 |
| 2023 | 3,162.4 | −12.5% | 122.3 | +122.3 | 365 |
| 2024 | 3,221.5 | −10.8% | 53.5 | +53.5 | 366 |
| 5年平均 | 3,235.8 | −10.4% | 59.0 | +59.0 | - |
注:札幌の1995年基準はHDD18=3,613、CDD24=0
驚くべき事実: - 1995年は「北海道は冷房不要」(CDD=0)だった - 2020-2024年は冷房需要が出現(CDD=59) - 2023年は異例の122と突出
1995年のCDDが0であったため、HEAT20とは比率ではなく差で比較していることにご留意ください(0では割れないため)。
HDD、CDDの傾向の評価・解説
データから何が読み取れるでしょうか?
1. 暖房需要(HDD)の変化
東京:1,590 → 1,451(−8.7%減少) - 冬の温暖化が進行 - 年によって変動が大きい: - 2022年は1995年並み - 2023年は−16.6%の暖冬
この結果、1995年にUA値0.46だった場合の熱損失と、過去5年にUA値0.50だった場合の熱損失がほぼ同じになります。さらに過去2年に絞れば、UA値がほぼ0.54で同程度の熱損失に抑えられる、という結果になっています。
札幌:3,613 → 3,236(−10.4%減少) - 寒冷地でも温暖化の影響が顕著 - それでも東京の2.2倍の暖房需要
2. 冷房需要(CDD)の急増
東京:154 → 315(+104.5%増加、約2倍!) - 2023-2024年は特に突出(417, 413) - 記録的猛暑の影響が明確 - 体感的にも「夏が厳しくなった」を数値で裏付け
温暖化しており、夏が暑くなったという実感に合う数値といえるのではないでしょうか? 特に2023年、2024年の猛暑が数値に明確に現れています。この計算を行ったのが2025年の途中なので、2025年の数値は含めていませんが、2025年も猛暑でした。従って、来年アップデートすると5年平均は更に温暖化にむけてシフトしているはずです。
札幌:0 → 59(1995年は冷房不要だった) - 2023年は122と異例の高さ - 「北海道は冷房不要」はもはや過去の常識
3. 暖房/冷房比率の変化
この比率の変化が、最も重要なポイントです。
東京 - 1995年:暖房需要10.3倍>冷房需要 - 2020-2024年:暖房需要4.6倍>冷房需要 - 変化:冷房需要の相対的重要性が急上昇
札幌 - 1995年:冷房不要(CDD=0) - 2020-2024年:暖房需要54.8倍>冷房需要 - 変化:冷房需要が出現したが、暖房が依然圧倒的
4. 重要な結論:依然として暖房需要が圧倒的
気候変動の影響: - 冬は暖かくなっている(HDD減少) - 夏は猛暑化が進行(CDD倍増) - 冷房需要の相対的重要性は上昇(東京で10.3倍→4.6倍)
しかし: - それでも外皮を通じた熱移動は暖房期が圧倒的に大きい(東京で4.6倍、札幌で54.8倍) - この構造は変わっていない
この結論が意味すること: - 断熱性能(UA値)の改善は、主に暖房費削減に効果がある - 外皮性能による冷房負荷は相対的に小さい - UA値の評価は暖房重視で行うべき
前編のまとめと後編の予告
前編で分かったこと
1. HDD/CDDという指標 - 暖房度日(HDD)と冷房度日(CDD)は、冷暖房需要を定量化する指標 - 日本ではHDD18℃、CDD24℃が標準 - 気象庁の日平均気温データから誰でも計算できる
2. 気候変動の定量的把握 - 冬は暖かくなり(HDD8.7%減)、夏は猛暑化(CDD約2倍) - 「北海道は冷房不要」は過去の常識 - しかし、依然として暖房需要が圧倒的(東京で4.6倍)
後編の内容
後編では、HDD/CDDから実際の冷暖房負荷を計算していきます:
1. HDD/CDDと冷暖房負荷の関係 - 理論的な関係式(Q = UA × A × ΔT、Aは外皮表面積) - うさぎラクダハウス(断熱等級5)をケーススタディとした計算例
2. HDD/CDDから分かること - 地域の冷暖房需要の「構造」 - 断熱性能向上の効果試算 - HDD/CDDが表現するもの、表現しないもの
3. 核心的メッセージ - UA値(断熱性能)の改善効果は、主に暖房費削減として現れる - 断熱等級を判断する際は、暖房需要の削減効果を重視すべき
4. Appendix - 詳細な計算方法(Excel/Python) - 読者が自分の地域のHDD/CDDを計算できるように
後編もお楽しみに!
