はじめに:前編の概要
前編では、HDD/CDDの基本概念と気候データ分析を見てきました:
building-dream-home.hatenablog.com
前編の重要ポイント:
- HDD(暖房度日)、CDD(冷房度日)は冷暖房需要を定量化する指標
- 気候変動で冬は暖かく(HDD−8.7%)、夏は猛暑化(CDD約2倍)
- しかし、依然として暖房需要が圧倒的(東京で4.6倍、札幌で54.8倍)
後編では、HDD/CDDから理論上の冷暖房負荷を計算し、家づくりへの実践的な示唆を導き出します。
HDD/CDDの前提条件と計算結果の解釈
まず最初に、この記事全体の重要な前提を説明します。
HDD/CDDから冷暖房負荷を計算する前に、この指標の前提を把握することで、計算結果をより正確に解釈できるようになります。
HDD/CDDが想定する住まい方
HDD(18)/CDD(24)の計算には、以下の前提条件があります:
1. 家全体を24時間一定温度に保つ
- 冬季:家全体を常に20℃に維持
- 夏季:家全体を常に26℃に維持
- すべての部屋、すべての時間帯で同じ温度
2. 基準温度の設定根拠
前編で説明したように、HDD18、CDD24という基準温度は、以下の考え方に基づいています:
HDD18(暖房度日の基準18℃)の意味: * 外気温が18℃のとき、内部発熱(人・家電・照明)と日射取得により、無暖房でも室温約20℃を維持できる * つまり、外気温18℃以下になると暖房が必要という設定
CDD24(冷房度日の基準24℃)の意味: * 外気温が24℃のとき、内部発熱と日射の影響を受けても、無冷房で室温約26℃を保てる * つまり、外気温24℃以上になると冷房が必要という設定
これらの基準温度は、「家全体を24時間快適な温度に保つ」という理想的な全館空調を前提としています。
実際の住まい方との違い
しかし、実際の生活は、この前提とは大きく異なります。
(1)実際の室内温度
多くの家庭では: * 冬季:20℃に達していない(暖房を控えめにする、朝晩だけ暖房、など) * 夏季:26℃を超えている(節電のため設定温度を高めにする、など)
例えば、冬に居間を20℃にしても、寝室や廊下は15℃程度という家も多いでしょう。夏に冷房を28℃設定にしている家も珍しくありません。
環境省の調査(令和4年度)によると、夏の暑い時期の平日におけるエアコン(1台目)の使用時間分布は下のグラフの通りです。

この分布から、8時間未満の使用が約45.5%を占め、24時間連続運転はわずか8.5%と、多くの家庭が間欠運転を行っている実態が示されています。
また、環境省の「家庭部門のCO2排出実態統計調査」(令和4年度)によると、日本の家庭における冷房設定温度は最頻値は28℃で全体の30.5%を占め、27℃が29.0%でこれに続きます。全体として、26度より高め、省エネ寄りの温度設定になっています。

一方で、暖房については22℃以上に設定している世帯が約65%を占め、想定よりも高め(エネルギーをより消費)と、暖房が控えめという印象とは真逆の結果になりました。データが無いので何とも言えませんが、高い温度で短期間だけ動かすことで一気に温度をあげる、といった使い方をされているのかもしれません。

(2)局所空調 vs 全館空調
HDD/CDDの計算では、屋内の温度を一つの基準温度で代替します。言い換えれば、朝から晩まで24時間の間屋内の温度ははどこでも均一と言っているのと同じですから、居室だけでなく廊下や玄関も含めた全館空調を24時間行っている場合に対応していると考えて良いでしょう。
- 全館空調:すべての部屋を同じ温度に保つ
- 局所空調:使用している部屋だけを冷暖房する
実際には局所空調を間欠的に行っている家が多く、その場合:
- 冷暖房している面積が家全体より小さい
- 冷暖房していない時間帯がある(就寝中、外出中など)
となります。全館空調を推しているハウスメーカーの中では、新築における全館空調の割合が、
など、採用率が高いところもありますが、日本全体の戸建て住宅に占める全館空調の割合は5~10%未満と推定され、90%以上の家庭は局所空調を採用しているようです。うさぎラクダハウスのように、システムとしては局所空調ですが、空間を開放的にとり、ドアも開けた状態で常時エアコンをかける+一種換気で、家全体の気温を一定に保とうと試みている家もあるとは思いますが、まだまだ局所間欠型空調が一般的のようです。
実際の冷暖房負荷は、みなさんそれぞれのライフスタイルによりますが、「標準的な使い方」として局所・間欠的空調を想定した場合には、外皮の性能に対応した冷暖房負荷は、HDD/CDDから計算した値よりも大幅に小さくなります。
HDD/CDD計算で測れるもの・測れないもの
HDD/CDDは「外皮を通じた熱移動」を計算するために使う指標です。しかし、家全体の熱エネルギーの出入りを考える上では、換気(および気密性に関連した漏気)、日射取得、人間や家電が出す熱(内部発熱)など、外皮を通じた熱移動以外の要素も大きな役割を果たします。
このため、上で触れた、局所・間欠空調と24時間全館空調の違いとあわせて、HDD/CDDに基づいて計算した冷暖房負荷と、実際の冷暖房負荷の間には大きな違いがあるのが一般的です。
外皮を通じた熱移動に関連する冷暖房負荷
局所・間欠空調を採用していたり、冷房の設定温度が高かったり、暖房の設定温度が低かったりすると、HDD/CDDに基づいた理論的な冷暖房負荷よりも、実際の外被からの熱損失に対応する冷暖房負荷が小さくなります。従って、こうした条件を満たす多くの家庭では、HDD/CDDに基づく計算は、外皮からの熱損失の理論的上限の役割を果たしています。
家全体の冷暖房負荷との関係
外被以外の熱の出入りの大きな要素である換気、日射取得、内部発熱の3つの要素のうち、換気がもたらす冷暖房負荷は、外皮関連の冷暖房負荷と同じで夏は冷房負荷、冬は暖房負荷をもたらす方向ですが、日射取得と内部発熱は常に熱を取り入れる方向に働きます。このため、屋外が寒い冬には、外皮からの熱損失を部分的に補い、家全体の暖房負荷を低減する働きがあります。逆に屋外が暑い夏は、外皮からの熱流入に加えて、日射や内部発熱による熱が加わることから、冷房負荷が増えることになります。
これらを総合的に勘案すると、
- 家全体の暖房負荷 = 外皮からの熱損失 +換気・漏気の熱損失- 日射取得 - 内部発熱
となります。換気の熱損失は、日射取得と内部発熱の合計に比べて小さいことが多く、家全体の暖房負荷は、外皮からの熱損失(暖房負荷)よりも大幅に小さくなるのが一般的です。このため、冬のHDD計算は、実際の総暖房負荷の(かなり上振れした)上限値となると考えて良いでしょう。
これに対して、
- 家全体の冷房負荷 = 外皮からの熱取得 + 換気・漏気の熱取得 + 日射取得 + 内部発熱
となり、どの項目も冷房負荷を増やす方向に働きます。このため、実際の外被からの熱取得がCDD計算で示された理論値より小さかったとしても、その他の項目の影響で、家全体の冷房負荷は大幅に大きくなります。なおここでは、簡単のため、潜熱・顕熱をまとめて換気・漏気として扱っています。各項目のインパクトについては別の記事で試算をご紹介します。
【図表1:熱収支の概念図(推奨)】
┌─────────────────────────────────────┐ │ 冬(暖房期)の熱収支 │ │ │ │ 実際の暖房負荷 = │ │ 外皮からの熱損失(HDD計算) │ │ - 日射取得 ▼ │ │ - 内部発熱 ▼ │ │ + 換気・漏気による負荷 │ │ │ │ HDD計算 > 実際の総暖房負荷 │ └─────────────────────────────────────┘ ┌─────────────────────────────────────┐ │ 夏(冷房期)の熱収支 │ │ │ │ 実際の冷房負荷 = │ │ 外皮からの熱取得(CDD計算) │ │ + 日射取得 ▲ │ │ + 内部発熱 ▲ │ │ + 換気・漏気による負荷 ▲ │ │ │ │ CDD計算 ≪ 実際の総冷房負荷 │ └─────────────────────────────────────┘
※ この図は、冬と夏で日射・内部発熱の働きが正反対であることを視覚的に示しています。
HDD/CDD計算の正しい使い方
では、HDD/CDD計算はどう活用すべきでしょうか?
非常に有用な使い方:
- 地域間の比較
- 東京と札幌で外皮を通じた熱移動が何倍違うか
冬も夏も、外皮性能の重要度を地域ごとに比較できる
気候変動のトレンド
- 年次変化を定量的に把握
「今年は寒かった/暑かった」を数値で確認
断熱性能向上の効果試算
- UA値を改善したときの外皮分の削減効果
- 地域ごとの効果の違いを比較
誤った使い方(注意!):
❌ 実際の電気代の予測 * 特に冷房費は、CDD計算だけでは大幅な過小評価 * 暖房費も、HDD計算は過大評価(上限値)
HDD, CDDと冷暖房負荷の関係
理論的な関係式
それでは、前節で説明した前提を踏まえたうえで、HDD/CDDから冷暖房負荷を計算する基本的な考え方を見ていきます。
基本式:熱損失量
建物から熱が逃げる(または入ってくる)量は、以下の式で表されます:
熱損失量 Q [W] = 熱損失係数 H [W/K] × 温度差 ΔT [K]
ここでKは、ケルビンという温度の単位を表しますが、この記事の中では摂氏何℃の℃と同じものとして扱って頂いても同じ結果になります。
外皮を通じた熱損失の場合:
H = UA × A
うさぎラクダハウス(UA値0.55、外皮表面積469m²)を例にすると、
- H = 0.55 × 469 ≈ 258 W/K
これは「内外の温度差が1℃あると、258Wの熱が逃げる(または入ってくる)」ことを意味します。そして、この温度差が1℃の状態が1時間続くと、
258W/K × 1℃ × 1 hour = 258Wh
の熱量が逃げていく(または入ってくる)ことになります。
HDD/CDDを用いた年間負荷の近似式
HDD/CDDは「温度差の積算」なので、これを使えば外被からの年間の熱損失量を概算できます:
年間暖房負荷 Q_h ≈ H × HDD × 24 [Wh]
≈ (UA × A) × HDD × 24 / 1000 [kWh]
単位換算
計算で使う単位換算: * 1℃·日(度日)= 24℃·h(度時) * 熱量 [kWh] ÷ COP = 電力量 [kWh]
COPとは?
COP(Coefficient of Performance:成績係数)は、冷暖房機器のエネルギー効率を表す指標です。「1kWhの電力を使って、何kWhの冷暖房能力(熱エネルギー)を得られるか」を示す数値で、値が大きいほど効率が良いことを意味します。
- エアコン:暖房COP 2.5~4.0、冷房COP 3.0~5.0程度
- 例:COP 3.0のエアコンは、1kWhの電力で3kWhの冷暖房能力を発揮
- 電気ヒーター:COP = 1.0(電力をそのまま熱に変換)
エネルギー保存の法則をご存じの方は、「COPが1を超えるのはおかしいのでは?」と疑問に思われるかもしれません。この秘密は、エアコンが採用しているヒートポンプという仕組みにあります。
電気ヒーターは電気エネルギーを熱エネルギーに直接変換するため、エネルギー保存則によりCOPは1を超えません。一方、ヒートポンプは熱を「作る」のではなく「運ぶ」装置です。外気や地中など、既に存在する熱を集めて室内に運び込む(暖房時)、あるいは室内の熱を外に運び出す(冷房時)ことで、投入した電力以上の熱を移動させることができます。電力は熱の生成ではなく、熱の運搬に使われるため、COPが1を大きく超えることが可能なのです。
計算例(ケーススタディ:うさぎラクダハウス)
実際の住宅を例に、HDD/CDDから冷暖房負荷を計算してみましょう。
想定条件
建物のSpec * UA値:0.55 W/m²K(断熱等級5) * 外皮表面積:468.96 m² * 延床面積:185㎡(約56坪) * 地域:6地域(関東地方、東京)
気候データ(東京2020-2024年平均) * HDD18 = 1,451℃·日 * CDD24 = 315℃·日 * HDD/CDD比 = 4.6(暖房需要が冷房需要の4.6倍)
期間の定義 * 暖房期:12月~2月(3ヶ月間、約90日) * 冷房期:6月~9月(4ヶ月間、約120日)
暖房負荷の計算
ステップ1:外皮熱損失係数の計算
H_e = UA × A = 0.55 × 468.96 ≈ 258 W/K
ステップ2:年間暖房負荷の計算(外皮分のみ)
Q_h_envelope = H_e × HDD18 × 24 / 1000
= 258 × 1,451 × 24 / 1,000
≈ 8,980 kWh/年
これは「外皮を通じて逃げる熱量」の年間合計です。
ステップ3:エアコンCOPを考慮した電力量
エアコンは1kWhの電力で、COP倍のkWhの熱を生み出します。 仮に、熱量全てをエアコンから発生させる熱で賄うと仮定すると、
電力量 = Q_h / COP
= 8,980 / 2.8 (暖房COP平均2.8と仮定)
≈ 3,207 kWh/年
となり、年間約3,200kWhの電力を使うことになります。
注意:前節で説明したとおり、この計算は実際の総暖房負荷の上限値です(日射・内部発熱が相殺するため)。実際の暖房負荷は、この数字の20~40%程度になることが多いです。
冷房負荷の計算
冷房負荷に関しても同様に計算してみましょう。
ステップ1:外皮熱取得係数(暖房と同じ)
H_e = 258 W/K
ステップ2:年間冷房負荷の計算(外皮分のみ)
Q_c_envelope = H_e × CDD24 × 24 / 1000
= 258 × 315 × 24 / 1,000
≈ 1,950 kWh/年
ステップ3:エアコンCOPを考慮した電力量
電力量 = Q_c / COP
= 1,950 / 3.5 (冷房COP平均3.5と仮定)
≈ 557 kWh/年
エアコンは冷房の方が暖房よりもCOPが高い(効率が良い)ため、電力量で見ると、HDD・CDDの比率以上に、外皮からの熱移動による電力消費の差が開くことになります。
重要な注意:前節で説明したとおり、夏は冬とは逆の関係になります:
- 冬:HDD計算>実際の総暖房負荷(日射・内部発熱が相殺)
- 夏:CDD計算≪実際の総冷房負荷(日射・内部発熱・除湿が追加)
したがって、CDD計算は実際の総冷房負荷の一部に過ぎません。実際の冷房負荷は、この計算値の2~4倍程度になることが多いです。これらの詳細な分析は別の記事で取り上げます。
計算結果のまとめ
| 項目 | 暖房 | 冷房 | 比率 |
|---|---|---|---|
| HDD/CDD | 1,451℃·日 | 315℃·日 | 4.6倍 |
| 熱負荷(外皮分) | 8,980 kWh | 1,950 kWh | 4.6倍 |
| 電力量(COP考慮) | 3,207 kWh | 557 kWh | 5.8倍 |
この表から分かること:
- HDD/CDD比と熱負荷比が一致している(4.6倍)
- COPの違いにより、電力量比は5.8倍に拡大
- 外皮性能の改善効果は、主に暖房期に現れる
計算例のまとめ
HDD/CDDを使うと、外皮性能から理論的な冷暖房負荷を概算できることが分かりました:
- 東京、UA値0.55の住宅の場合
- 年間暖房負荷(外皮分):約8,980 kWh
- 年間冷房負荷(外皮分):約1,950 kWh
実際の負荷は日射・換気・内部発熱・除湿などの要因で変動しますが、HDD/CDD比(4.6倍)が外皮を通じた熱移動において暖房優位という構造を示している点が重要です。
HDD/CDDから分かること
ここまでで、HDD/CDDの基本概念と、それを使った冷暖房負荷の計算方法を見てきました。このセクションでは、HDD/CDDから何が分かるのか、どう活用できるのかを整理します。
前提の再確認:第1節で説明したとおり、HDD/CDDは外皮を通じた熱移動のみを計算し、冬と夏で意味が異なることに注意してください。
1. 地域の冷暖房需要の「構造」が見える
東京2020-2024年平均:
- HDD18 = 1,451℃·日
- CDD24 = 315℃·日
- 比率: 暖房需要は冷房需要の4.6倍
この数値から分かること:
- 外皮を通じた熱移動では、東京でも「冬の暖房 > 夏の冷房」
- 体感的には「夏が厳しい」と感じても、熱の物理では冬の方が大きい
- 断熱性能の向上は、主に暖房費削減に効く
2. 地域間の比較が定量的にできる
| 地域 | HDD18 | CDD24 | 暖房需要比 | 冷房需要比 |
|---|---|---|---|---|
| 東京 | 1,451 | 315 | 1.0 | 1.0 |
| 札幌 | 3,236 | 59 | 2.2倍 | 0.2倍 |
札幌は東京の2.2倍の暖房が必要だが、冷房は1/5以下:
- 寒冷地で断熱等級が厳しい理由
- 地域区分ごとのUA値基準の根拠

3. 気候変動のトレンドを数値で把握できる
東京の変化(1995年→2020-2024年):
- 暖房需要: 1,590 → 1,451 (-8.7%)
- 冷房需要: 154 → 315 (+104.5%、約2倍)
この30年で:
- 冬は温暖化(暖房需要減)
- 夏は猛暑化(冷房需要倍増)
- ただし、依然として暖房需要の方が大きい(4.6倍)
札幌の変化(1995年→2020-2024年):
- 暖房需要: 3,613 → 3,236 (-10.4%)
- 冷房需要: 0 → 59 (冷房需要が出現)
- 「北海道は冷房不要」は過去の常識
4. 断熱性能向上の効果を試算できる
HDD/CDDを使えば、断熱改善の効果を地域差・冷暖房別に比較できます。
計算の前提
建物条件(うさぎラクダハウスと同じ)
- 外皮表面積:468.96 m²
- UA値の改善:0.55 → 0.46(断熱等級5 → 等級6相当)
- 削減率:(0.55 - 0.46) / 0.55 = 16%
エアコン効率
- 暖房COP:2.8(年間平均)
- 冷房COP:3.5(年間平均)
東京の場合(HDD18 = 1,451℃·日、CDD24 = 315℃·日)
暖房負荷の削減効果
現状の暖房負荷(UA0.55):8,980 kWh/年 削減される暖房負荷:8,980 × 0.16 = 1,437 kWh/年 削減される電力量:1,437 / 2.8 = 513 kWh/年 年間削減金額(@30円/kWh):約15,400円
冷房負荷の削減効果
現状の冷房負荷(UA0.55、外皮分):1,950 kWh/年 削減される冷房負荷:1,950 × 0.16 = 312 kWh/年 削減される電力量:312 / 3.5 = 89 kWh/年 年間削減金額(@30円/kWh):約2,700円
東京での合計削減効果
- 電力量削減:513 + 89 = 602 kWh/年
- 金額削減:約18,100円/年
- 暖房:冷房 = 513:89 = 5.8:1
削減効果の解釈
この計算結果をどう見るべきでしょうか?
記事の冒頭で説明したとおり、この計算は外皮を通じた熱移動のみを対象としています:
暖房削減(513 kWh/年、約15,400円/年):
- これは実際の総暖房負荷削減の上限値
- 日射・内部発熱があるため、実際の削減効果はもっと小さい
- 全館空調なら近い値、局所空調ならさらに小さい
冷房削減(89 kWh/年、約2,700円/年):
- これは外皮分の削減のみ
- 実際の総冷房負荷には、日射・内部発熱・除湿が支配的
- 外皮性能改善の冷房への効果は限定的
合計削減効果(約18,100円/年)の意味:
- うさぎラクダハウスの年間冷暖房費(約135,000円)の約13%に相当
- ただし、これは理論上の上限値(特に暖房分)
- 断熱等級を1つ上げる追加コストを考えると、その回収には長い年月が必要
- 実際の削減効果はこれより小さいため、投資回収はさらに困難
多くの方が断熱性能向上に期待する経済効果と比べると、意外に小さいと感じられるのではないでしょうか。
面積による削減効果のスケーリング
外皮性能の計算で見たように、他の条件(気候、家の形状、UA値など)が同じであれば、家の熱損失は外皮表面積に比例します。外皮表面積は床面積にほぼ比例するため、削減効果も床面積に比例すると考えられます。
例えば、うさぎラクダハウスと同じ形状・UA値で、床面積が35坪(約116㎡)のケースを考えると、削減金額の理論的上限は11,400円となります。
札幌の場合(HDD18 = 3,236℃·日、CDD24 = 59℃·日)
札幌の場合は断熱等級の区分が異なるので、等級5と6の比較であれば違うUA値を使わなければいけないのですが、ここでは東京との比較を容易にするため、UA値0.55→0.46のままで試算をすることにします。
暖房負荷の削減効果
現状の暖房負荷(UA0.55):258 × 3,236 × 24 / 1000 = 20,040 kWh/年 削減される暖房負荷:20,040 × 0.16 = 3,206 kWh/年 削減される電力量:3,206 / 2.8 = 1,145 kWh/年 年間削減金額(@30円/kWh):約34,400円
冷房負荷の削減効果
現状の冷房負荷(UA0.55、外皮分):258 × 59 × 24 / 1000 = 365 kWh/年 削減される冷房負荷:365 × 0.16 = 58 kWh/年 削減される電力量:58 / 3.5 = 17 kWh/年 年間削減金額(@30円/kWh):約500円
札幌での合計削減効果 - 電力量削減:1,145 + 17 = 1,162 kWh/年 - 金額削減:約34,900円/年 - 暖房:冷房 = 1,145:17 = 67:1
地域比較のまとめ
| 項目 | 東京 | 札幌 | 札幌/東京比 |
|---|---|---|---|
| 暖房削減 | 513 kWh/年 | 1,145 kWh/年 | 2.2倍 |
| 冷房削減 | 89 kWh/年 | 17 kWh/年 | 0.2倍 |
| 合計削減 | 602 kWh/年 | 1,162 kWh/年 | 1.9倍 |
| 金額削減 | 約18,100円/年 | 約34,900円/年 | 1.9倍 |
| 暖房:冷房 | 5.8:1 | 67:1 | - |
この表から分かること:
- 寒冷地ほど断熱性能向上の効果が大きい(札幌は東京の1.9倍)
- 効果のほとんどは暖房費削減(東京で85%、札幌で99%)
- 冷房負荷削減は相対的に小さい(東京で15%、札幌で1%)
- 地域のHDD/CDD比がそのまま削減効果の比率に反映される
5. 年次変動を評価できる
「今年の冬は寒かった」という実感を定量化:
- 2022年(HDD18=1,606):例年並み
- 2023年(HDD18=1,326):暖冬(−17%)
自分の地域のHDDを毎年計算すれば、「なぜ今年は電気代が高い/安いのか」を客観的に説明できます。
HDD/CDDが表現するもの
HDD/CDDは外皮(壁・屋根・床・窓)を通じた熱の出入りを定量化する指標です。
HDD/CDDに含まれるもの:
- 外気温と室温の差による熱伝導
- 温度差が大きいほど、また長期間続くほど、HDD/CDDは大きくなる
- 外皮の断熱性能(UA値)と掛け算することで、熱損失・熱取得を計算できる
HDD/CDDに含まれないもの:
- 日射:窓から入る太陽熱(冬は暖房負荷を軽減、夏は冷房負荷を増大)
- 換気:空気の入れ替えによる熱の出入り
- 内部発熱:人体・家電・照明からの発熱(冬は暖房負荷を軽減、夏は冷房負荷を増大)
- 除湿:湿度制御に必要なエネルギー(特に夏季に重要)
したがって、HDD/CDDから計算する冷暖房負荷は、外皮性能に起因する部分のみとなります。実際の冷暖房負荷は、これに上記の要素が加減されます。
まとめ
この記事では、HDD(暖房度日)とCDD(冷房度日)という指標を用いて、日本の冷暖房需要の実態を定量的に分析しました。
HDD/CDDは、外気温と基準温度の差を年間で積算することで、外皮を通じた熱移動を定量化する指標です。日本では一般的にHDD18(基準18℃)とCDD24(基準24℃)が使われます。気象庁のデータを使えば、読者自身が自分の地域のHDD/CDDを計算できます(Appendix参照)。
分析の結果、東京では暖房需要(HDD18=1,451)が冷房需要(CDD24=315)の4.6倍、札幌では54.8倍にも達することが分かりました。気候変動により、東京のCDDは過去30年で約2倍に増加しましたが、それでも外皮を通じた熱移動では暖房需要が圧倒的に大きいのです。
この事実から導かれる最も重要な結論は、UA値(断熱性能)の改善効果を評価する際は、暖房費削減を重視すべきということです。UA値の改善は外皮を通じた熱移動を減らすため、その効果は主に暖房期に現れます。東京でUA値を0.55から0.46に改善した場合、暖房負荷の削減効果は冷房の4.6倍になります。
一方、冷房負荷については注意が必要です。HDD/CDDが捉えるのは外皮を通じた熱移動のみで、実際の冷房負荷の一部に過ぎません。、冷房対策に影響を与える要因についても別の記事で定量的に分析をしてみたいと思います。
この記事が、皆さんの家づくりの一助となれば幸いです。
Appendix
このAppendixでは、本文で簡略化した内容を、読者が自分で計算・検証できるレベルまで詳しく示します。
A. 理論的背景:HDD/CDDと熱収支式の関係
A.1 基本的な熱収支式
定常状態の熱収支式(暖房期)
暖房負荷 Q_h [W] = 熱損失 - 熱取得
= (外皮伝熱 + 換気損失 + 漏気損失) - (日射取得 + 内部発熱)
= (H_e + H_vent + H_inf) × ΔT - (Q_sol + Q_int)
注意(暖房): - HDD/CDDから計算できるのは「H_e × ΔT」の部分(外皮伝熱)のみ - 日射取得と内部発熱が負の項として働くため、HDD計算は総暖房負荷の上限値となる
定常状態の熱収支式(冷房期)
冷房負荷 Q_c [W] = 熱取得
= (外皮伝熱 + 日射取得 + 内部発熱 + 換気取得 + 漏気取得 + 除湿負荷)
= H_e × ΔT + Q_sol + Q_int + (H_vent + H_inf) × ΔT + Q_dehum
注意(冷房): - CDD/CDDから計算できるのは「H_e × ΔT」の部分(外皮伝熱)のみ - 日射取得と内部発熱と除湿が正の項として働くため、CDD計算は総冷房負荷の一部のみ
A.2 各項の定義と計算式
外皮熱損失係数 H_e [W/K]
H_e = UA × A
換気熱損失係数 H_vent [W/K]
H_vent = ρ × c × V × n_vent × (1 - η_HEX)
≈ 0.33 [W·h/m³K] × V × n_vent × (1 - η_HEX)
- ρ:空気密度 ≈ 1.2 kg/m³
- c:空気比熱 ≈ 1.0 kJ/kgK
- V:室容積 [m³]
- n_vent:換気回数 [回/h]
- η_HEX:熱交換効率(第一種:0.7、第三種:0)
漏気熱損失係数 H_inf [W/K]
H_inf ≈ 0.33 × V × n_inf
- n_inf:漏気回数 [回/h](C値から推定)
A.3 HDD/CDDとの関係
HDD/CDDの定義
HDD_base = Σ max(0, T_base - T_avg_d) [℃·日] CDD_base = Σ max(0, T_avg_d - T_base) [℃·日]
年間暖房負荷の簡易推定
Q_h_annual ≈ (H_e + H_vent + H_inf) × HDD × 24 [Wh]
≈ H_total × HDD × 24 / 1000 [kWh]
注意:この式は日射取得・内部発熱を考慮していないため、実際より過大評価となる
A.4 単位系の整理
| 物理量 | 単位 | 換算 |
|---|---|---|
| 度日(Degree Day) | ℃·日 | 1℃·日 = 24℃·h |
| 熱損失係数 | W/K | - |
| 熱量 | Wh, kWh | 1kWh = 3,600kJ = 3.6MJ |
| 電力量 | kWh | 熱量 [kWh] ÷ COP |
B. 東京・札幌の実測例(2020-2024年)
B.1 データソース
- 気象庁「過去の気象データ・ダウンロード」
- URL: https://www.data.jma.go.jp/gmd/risk/obsdl/
- 地点:
- 項目:日平均気温(1時間値24本の平均)
- 期間:2020-01-01 ~ 2024-12-31
B.2 計算条件
- 基準温度:HDD18、CDD24(日本標準)
- 集計:日次データを年次で合計
- 欠測処理:線形補間(3日以内)、それ以上は除外
B.3 計算結果(再掲)
東京
| 年 | HDD18 | CDD24 | HDD/CDD比 |
|---|---|---|---|
| 2020 | 1,512.0 | 252.5 | 6.0 |
| 2021 | 1,414.2 | 202.0 | 7.0 |
| 2022 | 1,606.3 | 291.6 | 5.5 |
| 2023 | 1,325.6 | 417.1 | 3.2 |
| 2024 | 1,396.8 | 413.3 | 3.4 |
| 平均 | 1,451.0 | 315.3 | 4.6 |
札幌
| 年 | HDD18 | CDD24 | HDD/CDD比 |
|---|---|---|---|
| 2020 | 3,300.4 | 33.2 | 99.4 |
| 2021 | 3,250.7 | 72.4 | 44.9 |
| 2022 | 3,243.8 | 13.4 | 242.2 |
| 2023 | 3,162.4 | 122.3 | 25.9 |
| 2024 | 3,221.5 | 53.5 | 60.2 |
| 平均 | 3,235.8 | 59.0 | 54.8 |
D. データ再現手順(ExcelまたはPython)
D.1 Excelでの計算方法
ステップ1:気象庁からCSVダウンロード 1. 気象庁「過去の気象データ・ダウンロード」にアクセス 2. 地点を選択(例:東京) 3. 期間を指定(例:2020年1月1日~2024年12月31日) 4. 項目:日平均気温を選択 5. CSVでダウンロード 6. 文字コードShift_JIS、先頭3-4行はヘッダー
ステップ2:HDD18の計算
- B列:日平均気温
- C列(HDD18):=MAX(0, 18-B2)
- 下にオートフィル
ステップ3:CDD24の計算
- D列(CDD24):=MAX(0, B2-24)
- 下にオートフィル
ステップ4:年間合計
- 年ごとにSUM関数で集計
- 例:=SUMIFS(C:C, A:A, ">=2020/1/1", A:A, "<=2020/12/31")
D.2 Pythonでの計算方法
import pandas as pd import numpy as np # データ読み込み df = pd.read_csv("tokyo_2020-2024.csv", encoding="shift_jis", skiprows=3) # 日付・気温の列を選択 data = df[['年月日', '日平均気温(℃)']].copy() data.columns = ['date', 'temp'] # データ型変換 data['date'] = pd.to_datetime(data['date'], errors='coerce') data['temp'] = pd.to_numeric(data['temp'], errors='coerce') data = data.dropna() # 年の列を追加 data['year'] = data['date'].dt.year # HDD/CDD計算 data['HDD18'] = np.maximum(0, 18 - data['temp']) data['CDD24'] = np.maximum(0, data['temp'] - 24) # 年次集計 yearly = data.groupby('year').agg({ 'HDD18': 'sum', 'CDD24': 'sum', 'date': 'count' }).round(1) yearly.columns = ['HDD18', 'CDD24', 'days'] print(yearly)
D.3 グラフ化
Excelでの作成 - HDD/CDDの年次推移:折れ線グラフ - 1995年基準との比較:積み上げ棒グラフ
Pythonでの作成
import matplotlib.pyplot as plt fig, (ax1, ax2) = plt.subplots(1, 2, figsize=(12, 5)) # HDD18の推移 ax1.plot(yearly.index, yearly['HDD18'], marker='o', label='HDD18') ax1.axhline(y=1590, color='r', linestyle='--', label='1995年基準') ax1.set_xlabel('Year') ax1.set_ylabel('HDD18 [℃·日]') ax1.legend() ax1.grid(True) # CDD24の推移 ax2.plot(yearly.index, yearly['CDD24'], marker='o', label='CDD24') ax2.axhline(y=154, color='r', linestyle='--', label='1995年基準') ax2.set_xlabel('Year') ax2.set_ylabel('CDD24 [℃·日]') ax2.legend() ax2.grid(True) plt.tight_layout() plt.savefig('HDD_CDD_trend.png', dpi=150) plt.show()
F. 参考文献・データソース
- 気象庁「過去の気象データ」
- HEAT20「参照気象データ」
- 国土交通省「住宅の省エネルギー基準」 - HDD18-18の採用根拠
- 日本建築学会「建築環境工学」 - 熱負荷計算の理論的背景
