はじめに
断熱・気密の話になると、「日本は遅れている。海外ではもっと厳しい基準が採用されており、日本の家は寒い。」という説明をよく目にします。
日本の家がダメと言われているようでモヤモヤしないでもないのですが、調べてみると、確かに北欧やドイツにおいて断熱性や気密性で求められる条件は、日本のそれと比べるととても厳しいのです。こうした国の規制・基準については背景も含めて考えさせられる点があり、改めて掘り下げて考えてみたいと思います。
一方で、日本で北欧やドイツ並みの性能が必要かどうかを考える上で、気候の違いも大きく影響するはずです。下の図にあるように、日本の大半は北欧やドイツに比べて温暖とされています。
しかしながら、この図は日本国内の標高の影響などを反映しているように見えません。今回は気候の違いをより具体的なデータをもとに比較してみたいと思います。
データ
気温を比較するための代表例として日本からは東京(断熱地域区分:6地域)、仙台(断熱地域区分:3地域)、札幌(断熱地域区分:2地域)を選びました。
ヨーロッパでは、コペンハーゲン(デンマーク)、オスロ(ノルウェー)、ストックホルム(スウェーデン)、ヘルシンキ(フィンランド)、ベルリン(ドイツ)、マドリッド(スペイン)を選びました。北欧諸国+ドイツに、東京と気温が近いと思われるマドリッドの組み合わせです。
日次データを
から取得し、2014年~2023年までの10年間分を使用しています。
毎日の最低気温、最高気温、平均気温などを取得することができますが、今回は平均気温を使いました。
平均気温は、昼の暑い時間から真夜中のやや涼しい時間(夏の場合)までを平均した数字なので、夏であれば感覚より低めに出ます。2024年8月の東京を例にとると、日中の最高気温と一日の平均気温では5度前後の差があります。
月次平均気温
実線が日本の3都市、破線がヨーロッパの都市に対応しています。
このグラフからは、
- 東京とマドリッドはほぼ同じ気温
- 仙台とベルリン、コペンハーゲンが、冬季(12月~2月)は同水準。ただし夏は仙台の方が気温が5度前後高くなる。
- 札幌とヘルシンキ、オスロが、冬季は近い水準。ストックホルムは少し暖かい。夏季は札幌の方が暖かくなる。
ことが見て取れます。ざっくりとまとめると、北欧+ドイツは2地域・3地域相当と考えると良さそうです。ちなみに今回のグラフでは省きましたが、旭川(1地域)はこれよりもぐっと気温が下がります。
グラフから大体の傾向はわかりますが、実際の暖房用エネルギー需要を知るためにはもう少し丁寧に分析する必要があります。このために一般的に使われるのが、HDDという指標です。
暖房度日: Heating Degree Day (HDD)の概念
HDDは、暖房の必要性を示す指標です。外気温が基準温度より低い日数とその温度差を累積して計算します。
$$HDD=\sum \max(0, \text{基準温度}-\text{日平均気温} )$$ 基準温度が18度として、今日が16度、明日が12度、明後日が20度とすると、
$$(18-16) + (18-12) + (0)....$$
といった具合に1年分積み上げた数字です。3日目は、平均気温が基準温度を上回っているので0になります。この数値は、暖房で部屋の温度を外気温から基準温度まで温めようとしたときに、どれだけのエネルギーが必要かを推測するために使われます。
基準温度は、16.5度、18度、20度など、国によって異なる数字が使われます。このため、HDDが既に計算されていたとしても、異なる国のHDDをそのまま比較するのは危険です。今回は、基準温度を18度として、計算しました。
同様の概念で、冷房度日:Cooling Degree Day (CDD)という数値もあります。こちらの計算では、24度を基準温度にしました。
HDDで見る暖房用エネルギー需要
2014年から2023年の日次データに基づいて計算した結果は以下の通りです。
実際のデータはこちらです。東京のHDDを100とした場合の各国のHDDが最後の列にあります。また、東京で断熱等級5(Ua値=0.6)と同じ暖房エネルギー消費量を実現するために必要なUa値をHDDをもとに換算したものを、Ua(Equivalent)欄に記載しました。
City | HDD | CDD | Region | HDD_normalized | Ua(equivalent) |
---|---|---|---|---|---|
Helsinki | 3994.18 | 2.66 | EU | 265 | 0.23 |
Oslo | 3866.34 | 1.45 | EU | 256 | 0.23 |
Stockholm | 3553.60 | 4.38 | EU | 236 | 0.25 |
Sapporo | 3338.92 | 37.54 | JPN | 221 | 0.27 |
Copenhagen | 3004.05 | 0.68 | EU | 199 | 0.30 |
Berlin | 2853.08 | 13.29 | EU | 189 | 0.32 |
Sendai | 2232.92 | 119.36 | JPN | 148 | 0.41 |
Madrid | 1580.77 | 271.19 | EU | 105 | 0.57 |
Tokyo | 1508.20 | 257.59 | JPN | 100 | 0.60 |
この数値に基づけば、ベルリンは東京の1.9倍、ヘルシンキは東京の2.65倍、暖房用エネルギーが必要ということになります。逆に言えば、ベルリンではUa値=0.32、ヘルシンキではUa値=0.23を確保してようやく東京の断熱等級5と同程度の熱損失に抑えられるわけです。
札幌で断熱等級5をとるためにはUa値0.4が必要ですが、0.4では東京の家より寒く感じることも、この表から予想できます。
冷房用エネルギー需要について
CCDからわかるように、冷房用エネルギー需要では逆のことが言えます。しかし、外気と基準温度(概念的には冷暖房温度)との差は冬の方が夏より大きくなります。また、暖房が必要な 期間の方が、冷房が必要な期間より長くなりがちです。このため、HDDとCDDの間には大きな違いがあります。
従って、エネルギー需要を考える上では暖房用エネルギーをどう抑えるかという観点で考えればよいことがわかります。
まとめ
環境保護・エコロジーが重要なご時世、エネルギー消費が少ないに越したことはありません。しかし、最近の断熱・気密ブームはマーケティングのためのツールになっているような気がしてなりません。
Ua値がいくつ、C値がいくつ、というのはアピールしやすいけれど、エネルギー消費を減らすという目的でいえば考えることは他にもあるはずです。また、
- Ua値をが0.1小さくなるとどのぐらいエネルギー消費量が減る?
- C値が0.5小さくなると、どのぐらいエネルギー消費量が減る?(寒くなくなる?)
といった問いに対してある程度の感覚がなければ、どの水準を目指せばよいのか、優先順位をどうつけるのかもわかりません。
更にこうした問いを考えるうえで、外気と屋内の温度差(天候)は一番重要なデータです。何回かにわけて、断熱・気密の影響を定量的に考察していきたいと思います。